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スベトラーナ・アレクシェービッチ著『チェルノブイリの祈り』岩波書店 から抜粋 [徒然]

スベトラーナ・アレクシェービッチ著
『チェルノブイリの祈り』岩波書店 から抜粋

チェルノブイリ事故から10年後、関わった人々のインタビューからなる著書
そこで語られる言葉に共通するものを感じ、まずは気になったところを
無差別に付箋チェック。そこからグループにわけてみました。

わけられたグループはおおまかに
「病状」「死」「諦念」「主義・割当・操作」「無知」「男(マッチョ)」
「差別」「疑惑」「回避法」
としましたが、グループ内で別のグループ同士が重なる場合も多々ありました。
特にそれが見られるのが「主義・割当・操作」「無知」の重なり。
操作する側とされる側両者の無知
「男(マッチョ)」は男だけで作る概念ではなく、「(マッチョを期待する)
女」の存在、相互作用があり成り立っているのでしょうが、、、。

「主義・割当・操作」の中には空気を読んでことを深刻化させる今の日本と
通ずる状況が見れます。

「差別」もチェルノブイリ人でかたまっていれば(その地域で、その地域の
人々と一緒であれば)差別はない。

男も女も共通は症状が出て後悔することです。

*
『チェルノブイリの祈り』から以下抜粋をグループ別に分ける
「病状」「死」「諦念」「主義・割当・操作」「無知」「男」「差別」「疑惑」「回避方法」


「病状」

靴ははいていなかった。足が腫れすぎて合う靴がなかったのです。中略 彼の手を持ちあげると骨がぐらぐら、ぶらぶらと揺れていた。
骨とからだがはなれたんです。肺や肝臓のかけらがくちからでてきた。夫は自分の内臓で窒息しそうになっていた。
私は手に包帯をぐるぐる巻きつけ、彼のくちにつっこんでぜんぶかきだす。P20-21

「女児。多数の複合異常を伴う。肛門無形成、膣無形成、左腎無形成」。中略 私はもうこれ以上子どもは生めない。とても生む気になれません。罪。恐怖。医者が話しているのが聞こえたんです。「とんでもない不幸を背負って生まれた子だよ。テレビに出したら、母親たちは子どもを生まなくなるだろう」。中略 四年後に初めて、娘の恐ろしい異常と低レベルの放射線の関係を裏付ける診断書を発行してくれました。四年間拒否され、同じことをいわれてきました。「あなたのお子さんはふつうの障害児なんです」。中略 私は気が狂ってるといわれ、古代ギリシャでだってこんな子どもが生まれたんだといってばかにされた。「チェルノブイリの特典めあてだ!チェルノブイリの補償金めあてだ!」とどなったお役人もいます。P93-97

私はすべてを記録し、ファイルにしてあります。事実、事実のみを……。村で少年少女たちの測定をしました。毎時1500、2000、3000、3000マイクロレントゲン以上。この少女たち、この子たちは子どもは生めないでしょう。遺伝子にキズがついている。P246

彼は首のリンパ節を腫らして帰ってきました。中略 夫は医者に行くのをいやがりました。「なにも感じないんだよ」。でも、リンパ節はもう卵ほどの大きさになっていました。中略 リンパ節は切除されたからなかった。血行障害もあらわれ、鼻は三倍くらいに腫れあがり、ずれちゃったみたいでした。目も、なんだかちがう、べつべつの方向にそっぽを向き、みなれない光があらわれていた。中略 お医者さんたちが説明してくれました。体の内部に転移していたら、あっという間に死んでいただろうと。表面に転移して広がっていたんです。からだじゅう、顔じゅうに……なんだか黒いものがたくさんできました。あごはどこかにいっちゃったし、首もなくなり、舌はそとに飛びでていた。血管が破れ、出血がはじまった。「まあ!また血ょ」私はさけぶ。首からも、ほほからも、耳からも……あらゆる方向に。中略 救急センターに電話をかけても、私たちのことはもう知っていて、くるのをいやがる。「お宅のご主人にしてあげられることはなにもありません」。中略 遺体安置所から二人の看護人がつれてこられた。彼らはウォッカを飲みたいといった。「おれたちはなんでも見てきた。大けがをしたのも、傷だらけのも、火事で死んだ子どもの死体も。だが、こんなのははじめてだ。チェルノブイリの被災者はいちばんひどい死に方をするよ」(沈黙)。P272-248

長期にわたる低線量放射線の影響の結果、わが国では、がん疾患、知的障害、神経・精神障害、遺伝的突然変異を持つ患者の数が毎年増加しつつある。P291


「死」

原発の職員はみな近くに住んでいます。一生原発で働いてきた人たち。いまでも交代要員として原発に通っています。ほとんどの人は恐ろしい病気や障害がありますが、原発をはなれないのです。中略 たくさんの人があっけなく死んでいく。ベンチですわったままたおれる。家を出て、バスを待ちながら、たおれる。彼らは死んでいきますが、だれも彼らの話を真剣に聞いてみようとしません。私たちが体験したことや、死については、人々は耳を傾けるのをいやがる。P27

手洗いですよ。みな年配の女性で、手には水ぶくれやかさぶたができていた。洗濯物はたんにきたないだけじゃない、何十レントゲンもあったんです。「兄ちゃんたち、もっと食べな」「兄ちゃんたち、ちょっと寝なさい」「兄ちゃんたち、若いんだから、からだをたいせつにするんだよ」。ぼくらを気づかい、泣いていた。あのおばさんたち、いま生きているんだろうか?P86
私は入院していたの。とても痛かったから、ママに頼んだの。「ママ、がまんできない。殺してくれたほうがいいわ」

クラスの女の子たちは、私が血液のがんだと知ってから、私といっしょにすわるのをこわがってるわ。ふれるのも。パパがチェルノブイリで働いていたから、私が病気になったんだとお医者さんがいった。私は、そのあとで生まれたのに。私はパパが好き。

ともだちがいました。アンドレイ。彼は二回手術をして家に帰された。半年後には三回目の手術が待っていた。アンドレイは自分のベルトで首を吊って死んだ。だれもいない教室で。みんなが体育の授業に行っているすきに。走ったり、跳んだりすることは医者に禁じられていたんです。ユーリャ、カーチャ、ワヂム、オクサーナ、オレグ。こんどはアンドレイ。アンドレイはいった。「ぼくらは死んだら、科学になるんだ」。カーチャは思った。「私たちは死んだら、忘れられちゃうねよ」。ユーリャは泣いた。「私たち、死ぬのね」。いまでは、空はぼくにとって生きたものです。空を見あげると、そこにみんながいるから。P259-268


「諦念」

ベラルーシ人はチェルノブイリ人になった。中略 なにかが起きた。でも私たちはそのことを考える方法も、よく似たできごとも、体験も持たない。私たちの視力も聴力もそれについていけない、私たちの語彙ですら役に立たない。私たちの内なる器官すべて、それは見たり聞いたり触れたりするようにできているんです。そのどれも不可能。中略 二つの大惨事が同時に起きてしまいました。ひとつは、私たちの目の前で巨大な社会主義大陸が水中に没してしまうという社会的な大惨事。もうひとつは宇宙的な大惨事、チェルノブイリです。地球規模でこのふたつの爆発が起きたのです。そして私たちにより身近でわかりやすいのは前者のほうなんです。中略 最初はチェルノブイリに勝つことができると思われていた。ところが、それが無意味な試みだとわかると、口を閉ざしてしまったのです。自分たちが知らないもの、人類が知らないものから身を守ることはむつかしい。チェルノブイリは、私たちをひとつの時代から別の時代へと移してしまったのです。P31-33

ところが、ある日、この男が突然チェルノブイリ人に変わるんです。珍しいものに!だれもが関心を持っているのにだれも知らない。なにかそういうものに。みんなと同じでいたくても、もうできない。だめなんだ。中略 ぼくは証言したいんです。ぼくの娘が死んだのは、チェルノブイリが原因なんだと。ところがぼくらに望まれているのは、このことを忘れることなんです。P46-49

アフガンから帰ったときには、これから生きるんだということがわかっていた。でも、チェルノブイリではなにもかも反対。殺されるのは帰ってからなんです。P85

10年たった。なにもなかったかのようだよ。もし発病しなかったら、ぼくは忘れていただろう。中略 原子炉にまく砂のように、ぼくらはあそこにまき散らされたんです。P85-86

ぼくは、とつぜん確信がもてなくなったんです。記憶していたほうがいいのか、それとも、忘れてしまったほうがいいのか?知人たちに聞いてみた。ある者は忘れてしまったといい、ある者は思い出したくないという。なにも変えることはできないし、ここをはなれることもできないのだからと。中略 ぼくらはこの惨禍からいかにして意味のあるものを引き出せばいいのか、わからないでいる。能力がないんです。なぜなら、チェルノブイリはぼくら人間の経験や、人間の時間で推しはかることができないからです。いったいどちらがいいのだろう。覚えていることか、それとも忘れてしまうことか?P98-100

「ウランの崩壊、ウラン238の半減期ですが、時間に換算すると10億年なんですよ。トリウムは140億年です。」50年、100年、200年、でもその先は?その先はぼくの意識は働かなかった。ぼくはもうわからなくなったんです。時間とはなにか? ぼくがどこにいるのか?P143

戦争だといわれています。戦争世代の人々は比較している。戦争世代?あの世代の人は幸せじゃないですか!彼らには勝利があった。勝ったんですもの。私たちは?P218

でも、彼らが話すのはチェルノブイリのことではない、自分たちがだまされたということです。彼らを不安がらせているのは、自分たちはもらうべきものをぜんぶもらえるのだろうか、ほかの人はもっとたくさんもらうのではないかということ。中略 チェルノブイリはえさがもらえる飼葉桶なんです。中略 住民は怠惰な人間に変えられてしまった。地べたに腰をおろし、飛行機やバスが援助物資を運んでくるのを待っている。中略 私は、おばあさんたち自身の変化にも気づいています。たいした<映画スター>になったおばあさんもいる。中略 しかし、となり合わせにあるのは深い哲学であり、彼らがここで死や時代と自分たちなりに向かい合っているということです。彼らが自分の家や生まれた村の墓地をすてないのは、ドイツのチョコレートやガムが欲しいからではないのです。P254-258


「主義・割当・操作」

模範労働者 スタハーノフ運動者(1930-40年代のソ連の労働生産向上運動)P51
模範的コンバイン運転手の勲章を持っている。P55

どうかお願いでございます。アンナ・スーシコをさがしてください。彼女は私たちの村に住んでいました。コージュシキ村です。名前はアンナ・スーシコ。特徴を申し上げます、本に載せてください。せむし、うまれついての唖、ひとりぐらし、六0歳。村が移住するとき、彼女は救急車に乗せられ、どこかにつれていかれたきりです。アンナは読み書きができないから、私らに手紙を書けません。ひとりぐらしの者や病人は施設に集められて、かくされたんです。でも、だれも住所を知りません。本に載せてください。村中で彼女をたいせつにしていました。小さな子どものように世話をしてやりました。中略 彼女がどこでくらし、苦しんでいるのか、住所だけは教えてください。つれにいきます。さびしくて死んでしまわないように、村につれて帰ります。どうかお願いでございます。汚れのない魂が知らない土地で苦しんでいるんです。P64-65

彼らはいきなりやってきて召集状を手わたし、下で車が待っていると告げるのです。特別製の<囚人護送車>みたいなやつですよ。1937年のように[1937年スターリン政権下、大粛清で多くの人が逮捕された]、毎晩だれかがつれていかれたんです。のちにこのパターンは通用しなくなった。妻たちがドアを開けなかったり、夫は出張中だの、保養所に行ってるだの、田舎の両親のところだのとうそをつくようになったからです。連中が召集状をわたそうとしても、妻たちは受けとりませんでした。職場や通りで、昼休みに工場の食堂で連行されはじめたんです。あの三七年のように。中略 年齢は二五から四十、ほとんどが大卒か中等技術専門学校卒で、ちなみにぼくは歴史の教師です。銃の代わりにぼくらが持たされたのはシャベル。中略 囚人のような無権利状態、その一方では恐怖心。しかし、ぼくには恐怖心はなかった。なにもかもひとごとのようでした。中略 政治部長代理がぼくらのところにやってきて、政治集会が行われた。きみたちは勝つべきだという。だれに?原子力に?物理学に?宇宙に?わが国では勝利は事件ではなく過程なんです。中略 <勇気とヒロイズムを発揮する>ためには行動する場所が必要なんです。P100-105

政府委員会の会議では、簡単に、事務的に報告されていました。「この作業には2、3人命を落とす必要があります。こちらの方は、ひとりの命が必要です。」簡単に、事務的にです。P151

汚染地では当直交代制がとられ牛が放牧されていたのです。牧童は通いで仕事をし、搾乳係は乳をしぼるときだけ車でつれていかれるのです。こうして牛乳工場の供出割当分が達成されました。中略 とつぜんラベルのない牛乳があらわれました。紙不足が原因だとは思えません、住民をだまそうとしたのです。国がうそをついたのです。中略 私たちは問いかけた。どうしたらいいのか、なにをすべきなのか?答えはこうでした。「測定をしていろ。テレビを見ていろ」。テレビではゴルバチョフが不安をしずめようとしていた。「緊急措置がとられている」と。私は信じたんです。P179-180

私は環境保護監督局で働いていました。そこでは上からの指示を待っていましたが、指示はありませんでした。監督局の職員には専門家はほとんどいませんでした。とくに責任者のなかには。退役した大佐、党の元役員、年金生活者、左遷された者。よそでなにかしでかして、ここにとばされた者。すわって書類をがさがさいわせているだけ。彼らが騒然とし、しゃべりだしたのは、わがベラルーシの作家、アレーシ・アダモービッチがモスクワで演説をし、警鐘を鳴らしはじめてからです。アダモービッチに強い反感を抱いたんです。どこか非現実的です。ここでくらしているのは彼らの子どもや孫なのに、「たすけて!!」と世界に向かってさけんだのは彼らじゃない。一人の作家でした。自衛本能が働いたにちがいありません。党集会の喫煙室では、話題にのぼるのは物書き先生がたのことばかり。なんだってあの連中は人のことに首をつっこんでくるんだ?思いあがっているんだよ!ちゃんと通達があるじゃないか!上には従わなくちゃいかんよ!やつになにがわかるんだ?物理学者でもな
いくせに!中央委員会があって、書記長がいるんだよ!このとき、私は、たぶんはじめてわかったんです、1937年[スターリンによる大粛清で多くの人々が逮捕され強制収容所に送られた]がいったいなんであったか。いかにして起きたか。P182-183

それ以前は、必要ないと思っていたことを、こんどは人々は考えはじめたのです。自分たちがなにを食べるか、子どもになにをたべさせるか。健康に危険なものはなにで、安全なものはなにか?ほかの場所に引っ越すべきか、否か?ひとりひとりが決めなくてはなりませんでした。ところが、私たちが慣れていたのはどんな生活?村単位、共同体単位、工場単位、集団農場単位の生活です。P185

地区執行委員会の議長のところへ行きました。彼は執務室で頭を抱えこんでいた。供出割当分が撤回されなかったのです。植付作物が変更されなかったのです。P187

政府は沈黙し、医者はひとことも語ろうとしません。地区では州からの指示を待ち、州ではミンスクから、ミンスクではモスクワからの指示を待っていたのです。長い長い鎖。その先端ですべてを決定していたのは数人の人間です。私たちは身を守るすべがなかったのです。こういうことを当時いちばん強く感じていました。私たちの運命、何百万人もの運命を決めようとしていたのはほんの数人の人間なんです。またほんの数人の人間が私たちを殺すかもしれなかったのです。偏執狂でも、犯罪者でもない、原発のごくふつうの当直運転員が。それがわかったとき、私は非常にショックを受けました。P203-204

我が国の人間は自分のことだけを考えることができないのです、自分の命のことだけを。ひとりでいることができない人間です。わが国の政治家は命の価値を考える頭がないが、国民もそうなんです。P214

政治的利益が最優先されました。しかし、もし、感情抜き、政治抜きで語るなら……。認めなくてはなりません、起こったことをだれも信じていなかったと。学者でさえも信じることができなかったのです。P224

われわれはみんなこの体制の一部でした。信じていたのです。高い理想を信じていた、勝利を!チェルノブイリに勝つんだと。人の手をはなれて暴走する原子炉を鎮めようとする英雄的な戦いの記事を、われわれはむさぼり読んでいた。P225-226

私は学者たちを信じたのです。自分の執務室に職員を呼びました。「諸君、私が逃げだし、きみたちが逃げだせば、住民はわれわれのことをどう思うだろうか?共産主義者が職務を放棄したというだろう」。ことばや感情で説得できなければ、べつの手だ。「きみは愛国者か、そうでないのか?愛国者でないなら、党員証を机において、でていってくれ!」何人かでていきました。P227-228

住民は、村をはなれないよう、この地に残るよう説得されていました。農作物の供出割当分を達成するようにと。村が移住させられたあと、疎開させられあとも、農作業のために住民がつれてこられたのです。ジャガイモの収穫のために。いま地区および州の委員会の書記たちはなにをいってますか。どんないいわけをしていますか。P233

あの当時、10年前の私たちがどんな人間であったか、ということです。KGBが活動し、秘密捜査が行われていた。<西側の声>はかき消されていた。山ほどのタブー、党機密、軍事機密。おまけに、わが国の平和な原子力は泥炭や石炭と同じくらい安全なんだと、みんなが教えられていたんです。私たちは恐怖と偏見でがんじがらめにされた国民でした。信念という迷信で。P239

指示はいっさいなかった。上から聞いてくるのは、種まきの進行状況報告だけです。私は狂人を見るような目で見られました。「教授、なんのことをいっているのかね?」レントゲンだの、マイクロレントゲンだの、宇宙人のことばなんですよ。中略 いいや、連中はギャングの一味じゃない。どうみても無知と閉鎖性が結託しているんです。連中の生活信条は党組織のなかで身につけたものです。でしゃばらず、ご機嫌とりをすること。P240-241

700キログラムのヨウ素剤が用意されていたが、倉庫に眠ったままでした。上の怒りを買うことのほうが、原子力よりもこわかったんです。だれもかれもが電話や命令を待つだけで、自分ではなにもやろうとはしませんでした。中略 「すべて順調であります。自力でのりきります」。賞賛をあびました。「えらいぞ、ベラルーシの兄弟よ!」この賞賛のためにどれだけの命が犠牲になったことでしょう。P242-243

「教授、あなただから批判がましいことをおっしゃれるんです。あなたは職場を追われても、別の仕事が見つけられます。私はどこに行けばいいのですか」なんという権力だろう。ほかの人間に対する一人の人間の法外な権力です。これはもはやうそというものではない。無実の民との戦争です。P245-246

「どうして今年のラディッシュの葉っぱはばかでかいのかしら?ビートの葉っぱみたい」と不安にかられても、その夜テレビをつけると「煽動に躍らされないでください」といっている。それですっかり疑いが消えてしまうのです。中略 ヒステリーなんだわ。臆病者よ。ボルシチやメンチカツの放射線を測っている。まあ、こっけいだこと。そこへいくとわが国の男たちはほんものの男よ。さすがロシア男児だわ。死にものぐるいで原子炉と闘っている。中略 でも、これもやはり一種の無知なんです、自分の身に危険を感じないということは。私たちはいつも<われわれ>といい<私>とはいわなかった。<われわれはソビエト的ヒロイズムを示そう>、<われわれはソビエト人の性格を示そう>。全世界に!でも、これは<私>よ!<私>は死にたくない、<私>はこわい。チェルノブイリのあと、私たちは<私>を語ることを学びはじめたのです、自然に。中略 私は党員ではありませんでしたが、やはり、ソビエト人なのです。「同士諸君、煽動に躍らされないでください!」とテレビが夜も昼もがなりたてると、疑いは消えていくのです。(沈黙)P252-253


「無知」

ラジオをつける。放射能、放射能とおどかしてばかりだよ。私らはね、放射能があるほうがくらしがよくなったのよ。十字架にかけて誓うよ。オレンジや三種類ものソーセージが運んでこられた、びっくりしたねぇ、この村にだよ。P62

結婚式用に野豚を一頭しとめてくれと頼まれた。注文だぜ。レバーは手のなかでぐちゃぐちゃに崩れる。それでも注文がくる。結婚式用や、洗礼式のお祝い用に。P114

そいつの話はこうだ。大型トラックで乗りつけて、三時間で家をバラしちまう。そして町外れで手早く売っぱらう。息つく間もないくらいだそうだ。汚染地は別荘の建物用に買いつくされてしまった。P115

少し前までは、小さな子どもたちの関心事は、自分がどこからきたのか、子どもがどこからあらわれるのかということでした。いま子どもたちが心配しているのは、核戦争後になにがおきるのかということです。中略 私たちは毎日チェルノブイリといっしょです。若い妊婦が突然亡くなります。病理学者は診断がくだせない。小さな女の子が首を吊る。中略 「あなたがたは恐れている。だから病気になるんだ。原因は恐怖症なんですよ。放射能恐怖症です。」では、なぜ小さな子どもたちが病気になり、死んでいくのでしょう?彼らは恐怖心がどんなものか知らないし、まだ理解できていないのに。中略 そのほかに私がいいたいのは、運命論、ひじょうに気楽な運命論のことです。中略 すべてなんとか丸くおさまるもんだ、どうにかなるもんだ、人間が手をくださなくたって自然になんとかなるもんだ、というのです。中略 掘り残しのジャガイモを畑にそのままにしておくことのほうが、チェルノブイリよりも恐ろしいことなんです。P134-138

ところが、それはそこらじゅうにあるんです。パンのなか、塩のなかに。ぼくらは放射能を吸い、放射能を食べている。パンや塩がなくても、なんでも食べられる、革ベルトだって水で煮て、においをかぎ、においで腹がふくれるというのなら、ぼくは理解できただろう。でも、これはちがう。なにもかも毒されているんですか?P140

テレビで。おばあさんが牛の乳をしぼり、びんに入れた。軍用線量計を手にしたレポーターが近づき、びんをなでまわす。コメントが流れる。「どうですか、まったく基準値です。原子力発電所まで10キロのところですよ」。中略 「「西側の声」はパニックの種をまきちらし、事故に関する根も葉もない中傷を広めています」。中略 インチキなんですよ。同時、軍に装備されていた軍用線量計は、食品の検査用じゃなかったんです。大気中の放射線を測ることができただけなんです。P160

泳ぎましたよ。はっはっは!運命を信じていた。心の奥じゃぼくたちはみんな運命論者なんです、合理主義者じゃない。スラブ的な思考法です。ぼくは自分の星を信じていたんです。はっはっは!二級身体障害者です。すぐに発病しました。クソいまいましい<放射線病>。それまで、病気ひとつしたことがなかったのに。くそったれめ!P208

士官学校で習わなかったのだ。ミリだの、ミクロだの、ちんぷんかんぷんなんです。「諸君が知る必要はない。命じられたことをやりたまえ。きみたちはここでは兵士なのだ」。ぼくらは兵士だ、でも囚人じゃない。P213

汚染地の子牛はほかの地区に安く売られました。きれいな地区に。P234

青年は放射能のことよりも、割増金のことをたくさん聞かされたのです。命の価値という点から見れば、スズメの涙ほどの割増金の話を。悲惨さとこっけいさがとなり合わせでした。P234

人が朝早く起きる。そして、考えるのはその日のパンのこと。永遠についてじゃない。中略 チェルノブイリの事故が起きたとき、私たちの反応もそんなものでした。私たちになんの関係があるっていうの?当局があたふたすればいいのよ。チェルノブイリは連中の問題よ。遠くのことでした。私たちは地図を見ようともしなかった。無関心でした。P251


「男」

ぼくの気持ちはちがった。正反対。なにか英雄的なことがしたかった。子どもじみた衝動かもしれないけれど、ぼくみたいな者の方が多かったですよ。P81

ぼくらは考え込むようになった。たしか、三年がすぎたころだよ。ひとり、ふたりと発病したときです。だれかが死に、気がふれた。自殺者もでた。中略 男が熱中できることなんです。ほんものの仕事をしに行くんです。ほかのやつら?女のスカートのしたにもぐってな。家に帰った。あそこで着ていたものはすっかり脱いで、ダストシュートに投げこんだ。パイロット帽だけは幼い息子にやったんです。とてもほしがったから。息子はいつもかぶっていた。二年後、息子に診断がくだされた。脳腫瘍……このさきはあなたが書いてください。ぼくはこれ以上話したくない。P83-84

行くべきか、行かざるべきか?飛ぶべきか、飛ばざるべきか?ぼくはコミュニストだ、跳ばないわけにはいかなかった。中略 男の裁判。男の名誉が問われる。いいですか、これは意気込みなんです。やつはできなかった、だが、おれは行くぞという。いまはそうは思いません。九回手術をし、心筋梗塞を二回起こしたあとではね。中略 発つ前にぼくらは警告を受けた。国家の利益のために、見たことをいいふらすなと。しかし、ぼくたち以外には、あそこでなにが起きたか、だれも知らないんです。ぼくたちは、ぜんぶを理解しているわけじゃないが、ぜんぶ見たんです。P91-92

いちばん頼りになる<ロボット>は兵士でした。中略 「自分を犠牲にする人間は、自分が、二度とあらわれることのない唯一無二の個だということを感じていない。役割にあこがれているんだ。中略 その死は大きな価値があるんだ、死とひきかえに永遠を手に入れるんだから」P147-149

抑圧感と同時に義務を果たしているんだという思いがありました。P158

ぼくらは英雄だと書かれている。志願兵だと。写真が載っていた。このカメラマンに会ったら、ただじゃおかないよ。中略 いまになっても、ぼくらの神話を守ろうと躍起になっている。P178

あの日々をふりかえってみる。ぼくは、なにかととなり合わせだった、なにかファンタスティックなものと。うまくいえない。<巨大>とか<ファンタスティック>、こんなことばでもぜんぶは伝えきれない。ふしぎな感情。どんな感情かって?こんな感情は、恋愛でも味わったことはありません。P212


「差別」

思い出すのですか?もしかしたら、あらゆる場合にそなえて、自分から遠ざけ、追いはらってしまわなくちゃいけないかもしれない。こんなことが書いてある本は読んだことがないし、映画でも見たことがない。中略 私たちはすべてを身をもって体験中ですが、このことをどうすればいいのかわからない。私はこのことを頭で理解できないのです。中略 毛布に<しみ>が見つかりました。ママは洗ったり掃除機かけたりしましたが、だめでした。ドライクリーニングに出しました。この<しみ>は、はさみでくり抜いてしまうまで<光って>いました。中略 私たちは戸籍登録所に結婚願いをだしたのに。彼は「ぼくは家をでる。アパートを借りることにしよう」と懇願します。でも、私の耳にはおかあさんの声。「ねえあなた、生むことが罪になるって人もいるのよ」。中略なにかの実験が進んでいるという気持ちから私は解放されません。もう解放されることはないでしょう。P116-122

息子が放射線をだしているから、となりにすわると死ぬとでもいわんばかりに。息子は四年生でしたが、チェルノブイリの被災者はクラスに彼ひとりでした。P169

ここをはなれてもよかったんですが、夫といろいろ考えたすえに止めました。こわかったんです。ここでは私たちみんながチェルノブイリの被災者です。中略 ところが、よそではどこでも私たちはのけ者にされる。<チェルノブイリの人々><チェルノブイリの子どもたち><チェルノブイリの移住者>。P217


「疑惑」

最初の撮影は村の集会所でした。舞台にテレビが置かれ、住民が集められた。ゴルバチョフが演説するのを聞いていました。「すべて良好、すべて制御できている」。中略 しかし、なにかちがう。突然ひらめく。そうか、においを感じないんだと。果樹園は花盛りなのに、におわない。放射線が高いところではからだがこのような反応を示すのです。あとになってはじめて知りました。二、三の器官が機能しなくなるんです。中略 気がつくと、ぼくは戦争映画で見たような撮りかたをしている。ぼくだけしゃない、この場面に参加している住民が同じように行動していることに、ぼくはすぐ気づいた。中略 それから先はぼくらが理解するにはあまりにも抽象的すぎる定義が並ぶんです。「数世代後」「永久」「なにもない」と。中略 世界が終わろうとするときにも、悪のメカニズムは機能するんです。ぼくはこのことを理解したんです。中略 この世の最後を前にしても、人はいまとなんら変わることはないんです。いつでも。P123-130

私たちは目をふせる。データを集めろ、住民と深くかかわるなと命令されていました。P188

彼らはなにが起きたか理解できず、学者や教育のある者を信じようとしたのです、司祭を信じるように。ところが、くり返し聞かされたのは「すべて順調だ。恐ろしいことはなにもない。ただ食事のまえには手を洗うように」。私はすぐにはわからなかった、何年かたってわかったんです。犯罪や、陰謀に手をかしていたのは私たち全員なのだということが。(沈黙)中略 ひとりひとりが自分を正当化し、なにかしらいいわけをおもいつく。私も経験しました。そもそも、私はわかったんです。実生活のなかで、恐ろしいことは静かにさりげなく起きるということが。P189-190

さらに、ミンクス郊外に特別な家畜の群れが飼われていることは、もうずいぶんまえから公然の秘密です。一頭一頭ナンバーがふられた牛は、党関係者個人の所有です。専用の土地で特別管理された野菜。嫌悪すべきやりくちです(沈黙)。このことに対して、まだだれも責任をとっていない。P244


「回避方法」

「しずかに。換気窓を閉めるんだ。食料品はぜんぶビニール袋に入れるように。ゴム手袋をして、濡れぞうきんでふけるだけのものをぜんぶふいてくれ。ぞうきんもビニール袋にいれてはなれたところにしまっておくんだ。ベランダに干した洗濯ものはもう一度洗ってくれ」「そっちでいったいなにがあったの?」「しずかに。コップいっぱいの水にヨードを二滴たらして溶かすんだ。頭を洗え」中略 玄関のドアの前に濡れぞうきんが置かれていた。妻はすべてを理解したのです。家に入り、玄関で背広、ズボン、ワイシャツを脱ぎ、パンツ一枚になった。P198-199
タグ:原発関連
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年間のミリシーベルト・ベクレルのミリシーベルト化計算式 [徒然]

空気中から取り込む放射性物質と食べ物から取り込む放射性物質の合計を簡単に出せます。 『原発と放射線』中山研究室 中山幹夫著より抜粋 http://www.kuis.ac.jp/~nakayama/essay/atm.html まず大切なことは放射線の健康被害への影響を示すための用語の意味を 知ることです。覚えることは少しです。 放射線量にはシーベルトという単位を使います。 1シーベルトの1000分の1を1ミリシーベルト、 1ミリシーベルトの1000分の1を1マイクロシーベルトと呼びます。 報道されている各地の放射線量は1時間の数値です。 安全性の判断には1年間の数値が必要になります。 1年は365日×24時間で約1万時間なので1万倍すればいいのです。 しかしミリはマイクロの1000倍なので、 時間のマイクロシーベルトはもっと簡単に1年間のミリシーベルトにできます。 以下の簡単な方法を知っていれば、安全性の判断にとても役立ちます。 1時間のマイクロシーベルトの数字を 10倍 するだけで 1年間のミリシーベルトです。 例えば1時間3マイクロシーベルトなら、 数字を10倍して1年間30ミリシーベルトとなります。 1時間0.5マイクなら、10倍して年5ミリシーベルトになります。 その食品が安全かどうかはミリシーベルトにして判断できます。 ベクレルは簡単にミリシーベルトにすることができるのです。 放射性ヨウ素は50で割り、 放射性セシウムは100で割るだけで 1年間のミリシーベルトにすぐに概算できます。 なおプルトニウムは4で割ります。 例えば一食で放射性セシウムを300ベクレル食べるなら、 セシウムなので100で割って、年間3ミリシーベルト相当になります。 この計算は本来、一食のマイクロシーベルトを出す方法なのですが、 安全性を考えるためには同じような食生活を1年続けても安全かどうかで 判断した方がいいのです。 同じ量を1日3食×365日食べると約千倍なので、マイクロがミリになります。 具体例で使ってみましょう。 ヨウ素500ベクレル/kgの肉を200g食べる場合、 分量が1kgの2割なので一食100ベクレルです。 ヨウ素なので50で割ると年間2ミリシーベルト相当の食生活ということが 分かります。 セシウム500ベクレル/kgの野菜を300g食べるなら3割なので150ベクレル、 セシウムなので100で割って年間1.5ミリになります。 一食で両方食べるなら合計します。 例えば、最大限に妥協して 外部被爆と内部被爆のすべてを足して年間5ミリシーベルトとした場合には、 自然界以外の放射線は年間3ミリシーベルトになります。 それを仮に空気、食べ物に半分ずつ割り振って、 大気中1.5ミリ、食べ物1.5ミリにします。 この場合大気は、自然0.5ミリ+原発1.5ミリで年間2ミリシーベルトとなり、 これは1時間0.2マイクロシーベルトです。 食べ物は、自然0.3ミリ+原発1.5ミリで年間1.8ミリシーベルトとなります。 これをベクレルにすると放射性セシウムならば 100倍で一食180ベクレルの食生活、 放射性ヨウ素なら50倍で一食90ベクレルの食生活に相当します。 妥協してもこれが国民の安全のための限界です。 しかし各自がかなりの自己防衛をしなければ、これさえも実現が困難なのです。 放射性物質を含んだ食べ物をできるだけ食べない方がいいというのは風評ではありません。 被災地を経済的に助けることは大切ですが、それとは別問題なのです。 あえてみんなで放射性物質を食べてこれ以上被爆することはないのです。 ただし問題は放射線を浴びる総量ですので、あまりにも微量な場合や 時々の外食まで過剰に心配することはありません。 正しい情報で冷静に判断することが必要なのです。

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アロマで放射能デトックス [徒然]

6/11朝、右足小指に1×2cm程の薬指、中指間に2×3cm程の水疱が出て、 原因は何だろう、、、と考えていくと 5/28、ばーやん通院で傘をさしてあげてた時、大きな水たまりに 入らざるをえなかったことがあり「クソ」と思いながらバッチリ 濡れてしまった事が思い出され、、、。 (翌日小指のは破れずしぼんでいたが赤みが1週間続いた。 指の間のは破れて1週間程乾かなかった。これには正直ビビった。 まさか染色体損傷?皮膚再生しないつもりか?!と思いっきり凹んだ。 乾きました。皮膚再生してきました。) マイミク・しのりんさんの後ろ首(リンパ腺)腫れ発言もあり、 何か分からないけれど何らかの原因で「反応」が出ている事実に かなりゲソーーーリ (職場で水疱のこと云ったら先輩職員さんに「考え過ぎなんじゃない? 神経質過ぎる」とバッサリ。デターーー想像妊娠断定~~~ 「でも水疱が出た。という事実はあるんだけどな、、、」と心の中で) ついでに実母の皮膚ガン発症(内臓には既に存在。「内臓と違って 見えるのがイヤやな~」と母。スゲーわかる^^;)と 治療(「めちゃくちゃ痛い」)を聞いてガンが急に身近なヤマイとなり スゲーーーヤだ!と強く思う。 で、とりあえず反応という事実に対応。 昨日、生活の木というメジャーどころでオイル購入。 こちらの会社は「雑貨」として販売しているので「服用」出来るオイルは 扱っていませんでした。 「最近、肩がこるんだよな」なミトダンさんにも後ろ首に。 *** アロマで放射能デトックス <エッセンシャルオイルでの放射能予防> アロマテラピストの友人の処方 ①皮膚からの放射能を防ぐ処方として以下のオイルを皮膚に塗る方法 キャリアオイル 50ml カヤプテ cajuput 35滴 ティーツリー tea tree 15滴 以上のオイルを 1)首筋のリンパ腺に沿って塗る。 2)「こめかみ」や、外気に露出する肌に塗る。 ②体内に入り込んだ放射能のリンパ腺からのデトックス効果 以下のオイルをパンかご飯に一滴たらして一日一回服用。 キャロットシード carot seed 1滴/一日 セロリシード celely seed 1滴/一日 (どちらか一つでも二つでもOK。子ども可能)
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わたしたちのよい火を消さないために [キャラバン隊]

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命に作用する力。ダイレクトに魂の奥に届く。

そんな力(それを感知する時、いつも光・光線・光の剣のようなものが
私にはイメージされる)を内包する作品をつくってしまう作家がいる。

そんな極僅かな作家の中の一人。
信頼する作家・岩永忠すけから届いたメールに命のための光を感じました。
(文中一部やや反発を感じられる方もおいでになるやもしれませんが・笑)
mixi日記、ブログに全文転載許可を頂きました。

光が皆様にも届けばこれに勝るよろこびはございません、、、。

キャラバン隊
御殿谷 教子
http://www006.upp.so-net.ne.jp/caravan/

***
このよの狂いは以前から厳然としてたから
魂が汚れないことがいちばんだいじ
それさえあればよい火は消えない

その次に必要なのが知性だとおもってます
このよのひどいことを是正できるのは高い知性
知らなきゃよかったようなひどいことも知ることで
すこしずつ問題意識は広がっていく

ひどすぎるせかいのしくみ
賢い人を減らし愚かなものを増やそうとするしくみ
人民の合法的最善手は知ることと、
それを反映させる選挙ですね

マスメディアの洗脳力は恐ろしいものがある

わかってる人はとうにわかっていただろうけど
きづく人がどれほどいるかにかかってますね
それを反映するには選挙しかない
よく調べて、おかしな人は落とさないとやっぱこわすぎます

確実に現政府の行動は異常です
闇があからさまです

おっきな悲しみでどれほどの人が
目覚めるのか
それに力を添えられますよう



***
画像:岩永忠すけ「中」(あたり) 私蔵


キャラバン隊美術部第四回展覧会 [美術部]

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作家、展覧会の差し替えはない。
私にとってひとつひとつの企画はかけ替えのない展覧会なのだ。

キャラバン隊美術部第四回展覧会
http://www006.upp.so-net.ne.jp/caravan/art_past4.html


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チラシの「ジャケ買い」 [キャラバン隊]

キャラバン隊BANGAGONGdm2.jpg

キャラバン隊DMが紹介されております。

opus
http://www.opus-design.jp/

「街で見かけたチラシ、DM、フリペなどから、おっ!と手にとった20枚。いわば、チラシの「ジャケ買い」です」
http://www.opus-design.jp/design20/gallery/item_1334.html

キョート展を、どうぞよろしくおねがいします [美術部]

BANG A GONG.jpg


かなもりゆうこの日記から

2010年09月26日01:55
『BANG A GONG! トーキョー展』にお越し頂いた関東方面のみなさま、本当にどうもありがとうございました。



えっとっ!つぎにですネ!(はりきちゃって)
10/1~10はヴォイスギャラリーでキョート展があります。
ぜひぜひお越し頂きたく、あらためましてキョート展の宣伝をさせて下さい。

http://blog.refsign.net/event/3014.html



おもしろさ的になかなか無い展覧会かと思います!(手前味噌ですみませ~ん)

「JIROXさんを関西で紹介したい!」今回の展覧会では、そこのところが私にはまずありまして、
「そのためなら私の作品はこの展覧会の"環境"でも構わない」とさえじつは思って進めてきました・笑。
そうこの企画での役割的には私はもう丁稚でも構わない、いや丁稚上等!と・・・ニヘ~。
いやいや私もチョットはがんばりますけどね~エヘ~。

いえ、この二人展、お互い自分を出すんだけど、でもお互いが2人のバランスもちゃんと見てて、
たぶんお互いサポートもしてて、でもそこを「見てるような見てないような」具合にはぐらかしてひゅひゅ~っと
口笛吹いてそらっとぼけてるようなとこもあったりの感じなの。。。



こっからが大事ですヨ~。
JIROXさんは東京から来て滞在、毎日会場に居てお客様がいらっしゃったらパフォーマンスをしています。
なかなか来てはくれませんよ!
可愛いオブジェたちもお出迎えしてくれます。
私の映像にはJIROXさんの音付きです。JIROXさんと私の世界感のひそかにシンクロする部分を(それも
「え~知らないよん?」とちょっとはぐらかしたりしながら)ビジョンに込めてみたり、私なりに遊びながら作っています。
結局、コラボとは遊ぶこと、でもあるわけなんだよ、と。その遊びが決して遊んでるもの同士だけが楽しいんじゃなくて、
私たちはやっぱり人を楽しませるためにやっていたりして。
だからたくさんの人に見に来て欲しいと思っています。



そう、だから大事な瞬間を見逃さないために、ちょっとヴォイスギャラリーまで行ってみましょ!ということで、
どうぞよろしくお願いしま~す。

そしてJIROXさんのオブジェたちはお値段の方も可愛いですから!(ぶ、なんかギャル系の店員さんみたいで、
ごめんなさい!でもほんとすごい可愛い値段なんですわ。。。)
この出来事に参加してともて楽しくなったらお家に連れて帰ることも簡単だったりするのですよーーー。



(写真)
トーキョー展会場ASK?のオーナーが撮ってくだすった可愛いショット

ま。とりあえず。主犯・御殿谷、用いた凶器・JIROX。狙った獲物はかなもりゆうこ。 [美術部]

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今までのキャラバン隊美術部展覧会は意図的に一石を投げ入れ
他者に対して揺さぶりをかけ、必要とあらば追い込み、別の場所に
ジャンプするかどうか、を実験していく場であった。
一石を投げいれた当人として揺さぶりで発生した波を真っ正面から
かぶって展覧会を作っていくスタイル。

今回、狙った獲物(作家)ありきだった。
獲物はかなもりゆうこ。
投じる一石はJIROX。
発表キャリアのみならず人生のキャリアをしこたま積んできた
おためごかしの効かない酸いも甘いも狡猾も知る作家だ。

が、狡猾さも知るJIROXや仕手筋好きの私らより幾分年下のかなもりでさえ
夢見る場所から既に何段もこちら側にいる人間だ。今までのように
準備段階から展覧会を揺さぶっていくことは出来ず、丸投げ展覧会に
なるのだろうな。と半ば無感動に諦観の感ありだった。
が。そんなことはなかった。
全く自然に波は来て、うー、もおー、もなくどんぶら揺さぶられた。

今回は個々人各々そこらここら勝手に揺さぶられ、制作はもとより
日常と云う人生の中で自己処理をしていたのではないだろうか。

今の段階で見えていることは
流石に獲物は獲物だけあって獲物となり得た。だ。
(そりゃ狡猾年上二人組に狙われ襲い掛かられた(ホーホホホ)んだから
夢見る場所を通り過ぎたといえども抗う術もなかろうて)

かなもりの中の「違和物」(=たぶんかなもりが思う自身の
「アナーキー」かな、とか、かも、とか)が、別段露わにするつもりは
なかったであろうが剥き出しのまま露わになっていた。

今の段階でこれだからもっともっと見えてくるはず。

次はキョート展です。


あ。
お陰さまでJIROXの作品は会期中毎日売れまして、お持ち帰りの作品多数。
そのつど作品を差し替えるも薄まるどころか濃くなるばかり。

ちっきしょー!オレがバカだった!価格設定間違ったよ!と猛烈自己反省した
かなもりゆうこ BANG A GONG!オリジナルDVD、トーキョー展最終日に
かなもり作品もJIROX作品も初見だった方がご購入!
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そういえばこんなことがあった [美術部]

「BANG A GONG!」の展示空間が二人展というより誰か一人の展覧会のように
しっくり混じり合っている。との感想を複数人から聞く。



知人のSNS内展覧会レビューの中のやり取りで
「冨井大裕」の名が出てきた。
すっかり忘れていたがJIROXを介してこんな出来事があったのだ。

概略を云うと

一人一壁が持ち場でのTIME & STYLE MIDTOWN店内グループ展
展覧会名は"BROKEN"
板垣堅司が持ってきた作品が持ち場の壁より一点多すぎて飾れない。
そこでJIROXの壁にかざることにしたら面白い予感がして
他の二人の作家にもJIROXの壁に作品を一点飾ってもらうことにした。

下記はJIROXの壁の作品が足りないから自分たちに声をかけたのであれば
断るが。との冨井さんからのメールに対しての返事だ。

そうして三人の作品が飾られたJIROXの壁は何の違和感もなく
しっくり収まり過ぎるほどしっくり収まった。
事実、云われなければそこに他の三人の作品が飾られていることに
気がつかない程、全く自然にあるのだ。

三人は自分の仕事をしてJIROXの壁に設置したのだが、それらは

ちょっときれいな仕事ねJIROX。な冨井作品
うまく描いたねJIROX。な板垣作品
箱に描いたのJIROX。な佐藤作品

そんな壁になったのだ。

その壁を見て冨井が「JIROXさんの作品にはモノ派だったり絵画だったり
美術の文脈の全てがあるので違和感なく溶け込んでしまう」と云った。

そうだそうだそうだった。
JIROXは受け入れのみ込んでしまうのだ。

展覧会8日目「ね?お金って面白いよね?」 [美術部]

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2010年09月22日09:59

JIROXの作品は展覧会初日から毎日、売買成立が続いている。

展示即売を基本にしているが、持って帰れると思っていないお客さんは、会期中
日を改めていらして頂くことになる。

なので会期中にどんどん作品が入れ替わることになる。というか入れ替わっている。

驚きなのは入れ替わっても入れ替わっても薄まらないのだ。
薄まるどころか充実度合いを増している。

パフォーマンスに於いても会期日数を重ね緩やかに大胆に試行錯誤を重ねている。

一昨日、2時間いっぱなしでパフォーマンスを見るだけで帰った人が居たのだそうだ。

そこで「バブラー」という作品が登場していた。
映像がワンロール終了してもJIROXへの視線が動かないようであればおもむろに
「バブラー」の前に立ち、聴診器の管を吹く。
管の先には水が入った彩色されたペットボトルがぶらさがっていて、
聴診器の耳の部分からブクブクブクーっと泡立つ仕組みだ。

そこでお客さんにもう一度作品鑑賞にまわってもらう算段。

またもう一つの手は「営業活動」
こんだけ楽しんだんだからお土産に作品いっこでも買ってってよ。と言葉がけ。
「気の弱い人は断れないよね(笑)。でもねー、世の中強い人もいるねー。
そんなに言っても帰っちゃう人いるんだよ。驚いちゃった」


JIROXにとって売買成立は自分と展覧会の関係だけで終わるのではなく、
お客さんが画廊の人にお金を渡すことで、お客さんも画廊の人も展覧会に参加することが出来る。
「ゲームなんだよ。お金がなくてゲームに参加出来ないなんて
一番イヤなことだからさ」と、びっくりするような価格設定がなされている。

昨日は200円と300円の作品を購入した方が1000円札を出して
「この金額で買いたい」とおっしゃったそうだ。


「ね?お金って面白いよね?」


画像手前「バブラー」


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